第1章 25歳で「4ない」に気づく。

第1章 25歳で「4ない」に気づく。

目次

第0章 トゥモローはなにをして、自由で豊かな暮らしを手に入れたのか?

第1章 25歳で「4ない」に気づく。 ←今ココ

第2章 ネットワークビジネスが、全くうまくいかなかった。

第3章 トゥモロー、号泣する

第4章 終身雇用がない世界で、どう生きればいいのか。

 

どうも。トゥモローこと、橋口友比古です。

今日は第1章ということで、
ボクの生い立ちから、25歳の誕生日の転機を迎えるまで、
についてを書いていきたいと思います。

1981年、ボクは3人兄弟の末っ子として、
この世に生を受けました。

父は根っからの商売人で、
最高年商20億円を記録したこともある、創業社長。

父と母は同い年。
30代になってから、ゼロから商売を始めたということで、
母も、炊事洗濯などの家事だけでなく、
会社の経理や実務を手伝いながらボクを育ててくれました。

多くの商売人の家で育った人は、
子供の頃からあまり両親がかまってくれなかった、
と感じる人も多いそうです。

ただボクの場合は、兄と姉がかまってくれたからなのか、
それとも母親からの、やや過保護気味な愛情表現が良かったのか、笑
さみしいと感じることは、ほとんどないまま育ちました。

ボクは小さな頃から、
「いつも楽しそうな父」を見てました。
父にとっては商売というのは、
最高の遊びだったんでしょうね。

自然と、大きくなったら自分も社長になりたい、
と思ってました。

そして25歳の誕生日。
父と二人で食事をしていたときに、
こう言われました。

「25歳は、やっと0歳になったってことだ」

人間、25歳になるまでは、
社会や両親にお世話になって生きて行くしかない。
25歳からやっとまともに仕事ができるようになって、一人立ちできる。
50歳までは、がむしゃらに働け。
50歳からは、自分が学んだことを使って、若い人を助け、育てる。
75歳以上は、生きてるだけで儲けもんだ。

これが25歳の誕生日に、
ボクが父にもらった言葉でした。

このときから、ボクは本格的に、
「自分も父のように会社をつくって、社会に貢献できるようになりたい」
と思うようになったんですね。

ただ問題がありました。

ボクは、ごくごく普通の会社員で、
他人と比べて特別なスキルや知識・才能はありませんでした。
大学に合格したものの、友達と遊んでばかり。
まったく単位を修得せず、結局、中退する始末。
そもそも資本金があるわけでもないので、
人を雇うことも設備に投資することもできません。
なによりもビジネスアイデアがありませんでした。

1、知識・才能がない
2、学歴もない
3、お金もない
4、ビジネスアイデアもない

これがボクの状態でした。

つまり、
「いったい、なにで起業すればいいんだろう?」
っていう問題があったわけですね。

これをお読みのみなさんも、
こういう状態ではありませんか?

普通の人は、自分の生き方を変えよう、と思った段階では、

1、知識・才能がない
2、学歴もない
3、お金もない
4、ビジネスアイデアもない

という、ボクと同じ状態だと思います。

もしこれらのうち一つでも持っているなら、
それはラッキー、幸運ですよ。

その当時のボクも、例に漏れず、
そういう『4ない状態』だったわけです。

だから、
まさかたったの5年で自分が、
ビジネスだけで生計を立てて、
海外と日本を行き来するような生活をしているとは、
当時のボクは、夢に思っていませんでした。

では、25歳の自分が、
30歳で独立を果たすまで、
いったいどんな道を通ったのか、
また次回以降、語っていきますね。

第2章 ネットワークビジネスが、全くうまくいかなかった。

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