ゆるんでいこうぜ。

ゆるんでいこうぜ。

日本をゆるめたいっす。

先日起こった、川崎市登戸の連続殺傷事件。
ボク、あのあたりで、大学時代にデリバリーの仕事をしていたので、
現場を何度も通ったことがあり、どういう場所なのか、よく知ってます。

本当に普通の、閑静な住宅街です。
あんなところで、あんな凄惨な事件が起こるなんて、
誰も予想だにできない、という場所です。
犠牲になった方のご冥福を、心からお祈りします。

今回の報道を受けて、いつもと違うのは、
大きく2つの議論が起こっているところだと思います。

ひとつは、
『「やるなら一人で死ぬべきだ」という投稿を止めよう』という動き。

「こんな凄惨な事件が起こるほど、
追い詰められていたのは、本人に居場所がなかったから」
という考え方からの意見ですね。

だから、「一人で〜」なんていう投稿が、
次の同じような事件を起こすのをストップしよう、ということです。

もうひとつは、
「ひきこもり」を理由にして報道していいのか、
という議論が起こっているところ。

このような報道は、引きこもりをしている人全員を、
「10ぱ一絡げ」にした偏見を生んでしまうし、
またそれが同じく、次の同じような事件を誘発するんじゃないか、
という視点ですね。
写真今回の件が、実際に引きこもりが直接的な原因であったのかは、
捜査結果の待たれるところですが、
今回の犯人が「それだけ追い詰められいてた」のは、事実なんだろうと思います。

今回の犯人が仮に、
「自分は社会からは捨てられた人間である」と思っていたのであれば、
そう思わせた「なにか」は、なるべく取り除きたいと思っています。

ボクは常々、日本の社会が持っている「非寛容さ」について、
指摘をしています。

例えば、会社と合わずに退職したときなんかに、
「世間体」意識の強さが原因で、
「社会からドロップアウトしてしまった」という劣等感が、
一部の人間の中で生まれてしまっているじゃないか、と思っているんです。

フィリピンには、この手の「非寛容さ」は、全くありません。

家族の中にプー太郎がいることは、彼らにとってはありふれた話ですし、
プー太郎が、近所のプー太郎と一緒に、自宅の前のベンチに座って、
夜な夜な呑んだくれている、なんてのは、日常の風景です。

それがいいのかどうか、っていうのはまた別の議論ですが、
少なくとも「居場所がなくなったことによる凶行」というのは、
フィリピンでは聞いたことがありません。
イラストただ一方、そういった強い「世間体意識」が、
地震のあとですら、暴動が起こらず、レジにしっかりと列をつくって待つような、
『世界が尊敬する規律』を生んでいるのも事実です。

だから、非寛容さが悪だ、とはもちろん言えないんですが、
それでも少し、「いろんな人生があって、いろんな地獄があるんだ」という、
「想像力」を働かせながら、人と接していきたいな、と思った事件でした。

きっとその想像力のことを、「寛容」と呼ぶのだろう、と思います。
ゆるんでいきましょう。( ´ ▽ ` )ノ

それでは。

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